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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2894号 判決 1968年2月22日

控訴人(附帯被控訴人)

株式会社星野鉄工所

右代理人

若林清

上野修

被控訴人(附帯控訴人)

小川啓三

ほか二名

右三名代理人

長井清水

主文

一  原判決中被控訴人小川啓三に関する部分を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人小川啓三に対し金二三五万円およびこれに対する内金二〇〇万円については昭和四〇年一一月二一日以降、内金三五万円については昭和四一年一一月二九日以降、支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人小川啓三のその余の請求(附帯控訴を含む)を棄却する。

二  原判決中被控訴人小川雅楽之助、同小川良子に関する請求を認容した部分を取り消し、右請求(附帯控訴を含む)はいずれもこれを棄却する。

三  第一、二審の訴訟費用(附帯控訴費用を含む)中、控訴人と被控訴人小川啓三との間に生じたものはこれを五分し、その一を同被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人小川雅楽之助および同小川良子との間に生じたものは、同被控訴人らの負担とする。

四  この判決第一項中、被控訴人小川啓三の請求を認容した部分は、同被控訴人において控訴人に対し金額二〇万円の担保を供託するときは、かりに執行することができる。

事実

控訴人代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する」との判決および附帯控訴として、「原判決中被控訴人(附帯控訴人)らの敗訴の部分を取り消す。控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人小川啓三に対し金七六万円およびこれに対する内金六五万円については昭和四一年一一月二九日以降、その余の一一万円については昭和四二年四月五日以降各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、被控訴人小川雅楽之助、同小川良子に対し各二〇万円およびこれに対する昭和四〇年一一月二一日以降右各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。附帯控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求め、控訴人代理人は、「本件附帯控訴を棄却する」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、ならびに証拠の提出、援用および認容は、次に掲げるほかは、原判決事実欄に摘示されたところと同一であるから、その記載を引用する。

一  控訴人代理人は、次のように述べた。

(一)  被控訴人小川啓三の受領した自動車損害賠償責任保険に基づく保険金八三万円の内訳は、治療期間における補償費一八万円、後遺障害費五三万円その他一一万円であるが、先ず、(イ)治療期間における補償費一八万円は、被控訴人小川啓三の本件事故による治療期間一五八日(昭和四〇年一月二九日から同年七月五日までの間、但し、うち欠勤日数一三七日)を一五〇日とし、その間における補償費を一日一、二〇〇円の割合により計算して算出されたものであるところ、本件事故当時の自動車損害賠償責任保険査定要綱が「治療期間における補償費は一日につき一、二〇〇円とする。ただし、収入減による損害のない者に対しては、一日につき七〇〇円とする」というのは、右一、二〇〇円のうちには七〇〇円の慰藉料が含まれていると解すべきであるから前記一八万円中には一五〇日分一〇万五、〇〇〇円の慰藉料が含まれている。仮りに、実質的に考察すべきものとしても、本件事故による被控訴人小川啓三の休業補償費は事故当時の同被控訴人の一日平均収入八一〇円の一五八日分一二万七、九八〇円をもつて足るのであるから、同人が傷病手当として東京都食品健康保険組合から受領した休業補償の性質を有する一万三、九二〇円を前記一八万円に加えた額から右一二万七、九八〇円を差し引いた六万五、九四〇円は慰藉料であると考えなければならない。次に、(ロ)後遺障害補償費五三万円は被控訴人小川啓三に顔面傷害(傷痕一〇級、左眼失明六級の加重傷害である五級傷害を認定して補償されたものであるが、後遺障害補償費は慰藉料と身体の欠損に伴う損害とを填補するものと解すべきところ、啓三は顔面傷害及び左眼失明に伴う傷害につきすでに治療を完了しており、成人に達した男子の眼窩は、特別の事情のない限り収縮ないし拡大することがない以上、眼窩内に入れた義眼を取換える必要もないから、同被控訴人は、右後遺障害補償費全額を前記傷害による精神的苦痛に対する慰藉料として受領したものということになる。右のように被控訴人啓三の受領した保険金八三万円のうちには既に前記の金額の慰藉料が含まれていたものである。

(二)  被控訴人小川啓三が弁護士長井清水とその主張の手数料、報酬契約を締結した事実、その主張の金員を支払つた事実は知らない。控訴会社千葉出張所長星野二郎が被控訴人主張のような放言をした事実は否認する。控訴会社は当時すでに事件の処理を弁護士村井右馬之丞に委任していたので、星野は右弁護士を通じて交渉されたい旨答えたに過ぎない。

二  被控訴人ら代理人は、次のように述べた。

(一)  控訴人主張の欠勤日数はこれを否認する。治療期間中における補償費には休業により得べかりし利益を喪失したことによる損害補償も含まれていると解すべきであり、従つて休業期間中に受け得た給料のみではなく、たとえば休業により将来の昇給等につき受けた不利益も含まれているが、慰藉料は含まれていない。被控訴人小川啓三が顔面傷害(傷痕)一〇級、左眼失明六級の加重障害として五級障害を認定され、後遺障害補償費五三万円の補償を受けたことは認めるが、その全部または一部が慰藉料であることはこれを争う。自動車損害賠償保障法施行令二条二号ロの後遺障害による損害は後遺症による実損害を補償するものであつて慰藉料は含まれていない。義眼は一個代金四、八〇〇円のものを使用中であるがその耐用年数は約二年であるから、二、三年ごとに新たな義眼と取り換えねばならず、顔面の傷痕整形手術もあるので後遺傷害のため相当の財産上の費用を要する。かように、本件休業補償ならびに後遺障害補償に慰藉料は含まれていないのであるが、かりに含まれているとしても、被控訴人小川啓三が東京都食品健康保険組合から傷病手当金を受領したのは同被控訴人が右組合との間に締結した保険契約に基づく給付を受領したものに過ぎず、その保険料は同被控訴人において負担しているのであるから、右手当金を受領した分だけ後遺障害補償費中に含まれている慰藉料額が増加すべき筋合はない。のみならず、仮りに、補償費中に慰藉料が含まれているとしても、被控訴人小川啓三が本件において請求しているのは、右補償費以外の分である。

(二)  被控訴人(附帯控訴人)小川啓三は、代理人小川雅楽之助をして本訴提起前控訴会社千葉出張所におもむき右出張所長星野二郎と面接して慰藉料につき交渉させたが、星野はこれに応ぜず、裁判でも何でもやつてくれと放言したので、被控訴人らはやむを得ず弁護士長井清水に本訴提起を委任し、啓三は同弁護士との間に第一審の手数料として二五万円、報酬として四〇万円を支払うべき約定をし、これに基づいて同弁護士に手数料二五万円を支払つた。なお、本件控訴の申立があつたので、啓三は長井弁護士に控訴に応じ且つ附帯控訴をすることを委任し、同弁護士に第二審の手数料一一万円を支払つた。これらの費用はずいれも本件事故に起因する損害である。よつて、第一、二審の手数料三六万円および報酬金四〇万円計七六万円およびこれに対する内金六五万円については、被控訴人小川啓三の請求の趣旨拡張申立書を控訴代理人が受領した日の翌日である昭和四一年一一月二九日以降、内金一一万円については附帯控訴状が控訴人に送達された日の翌日である昭和四二年四月五日以降各支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  証拠<略>

理由

一被控訴人(附帯控訴人)小川啓三が昭和四〇年一月二九日午前〇時五〇分頃、千葉市弁天町三三七番地先附近道路上において、富敏則の運転する普通貨物自動車(番号千四ぬ七九八八、以下本件自動車という)に衝突されたこと、右事故によつて左眼を失明したことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、右事故によつて、小川啓三は顔面打撲挫創、左眼環破裂の傷害を受け、顔面に鼻の左端から左頬にかけて弓型に大きい傷痕を残した負傷をした事実が認められる。

二本件事故当夜、富敏則が飲酒の上、本件自動車を運転して千葉市松波町方面から同市椿森町方向に時速三〇粁で進行中、本件自動車の助手席に乗つていた兄夫婦が口論しているのを止めようとした際ハンドルの操作を誤つて道路右側に進出し、折柄右道路を反対方向から進行中であつた北田正雄運転の自動車と衝突し、これに乗つていた啓三を負傷せしめたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば富は本件事故当時呼気一リットル中に0.25ミリグラムのアルコールを保有していたことが認められる。してみれば、本件事故は本件自動車を運転していた富の過失に基因するものと推認すべきである。ところで、富敏則が本件事故よりさき控訴人に雇われ、自動車の運転に従事していたものであること、本件自動車が控訴人の所有に属するものであることは当事者間に争いがなく、右事実と<証拠略>を総合すると、(イ)富は昭和三九年七月から控訴会社千葉出張所工具室に勤務し、同年一〇月から自動車運転手として主として川崎製鉄構内現場において機械、工具、副資材等の運搬に従事していたものであり、当時控訴会社の川崎製鉄構内で使用していた所有自動車七台のうち工具室に配属された自動車は三台であつて本件自動車はその一台である事実、(ロ)本件事故当時控訴会社の工具室では、配属自動車の鍵を同室に保管し、運転手が朝出勤時これを受け取り、終業後返納する扱いになつていた事実、(ハ)工具室配属の自動車は、本件事故当時、工具を作業後川崎製鉄構内の現場から構外の控訴会社まで輸送したり、工員を構外の作業場まで輸送したりするのに使用されることもあり、ときには夜間給油等のため構外に運行されることもあり、富がこれを運転して構外に出たこともあつた事実、(ニ)富は本件事故前日午後六時まで残業した後、鍵を工具室に返納しないで、本件自動車を運転し、一旦、寄寓していた兄方に帰り、飲酒の上、兄夫婦を同乗させてほど遠くない栄町に出かけ、さらに飲酒して帰途本件事故を惹起した事実、(ホ)控訴会社係員は事故前日終業に際し、本件自動車の鍵の返納を確認しなかつたが、事故当日朝工員の報告により本件自動車を松波町において発見した事実を認めることができる。すなわち、富は控訴会社に無断で本件自動車を運転し、私用で外出したものではあるが、もともと富は控訴会社の従業員として控訴人所有自動車を運転していたのであるから、本件事故発生当時の富による本件自動車の運行は、客観的外形的には控訴会社の事業の執行につきなされたものであつて、控訴人は自動車損害賠償保障法三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するものとして本件事故によつて傷害を受けた被控訴人啓三に対しその損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

三そこで、本件事故による被控訴人啓三の損害の有無および額について判断する。

(一)  <証拠略>によれば、小川啓三は昭和一八年一〇月一八日生れの男子であつて、本件事故発生当時結婚を前提としてさる女性と交際していたがその女性は本件事故の約半年後他に嫁ぎ、その後結婚の話がないではないが、どれもうまくいつていない事実、啓三は本件事故直前銀座亜寿多食品株式会社千葉ブロツクの店長に昇任したところであつたが、事故後後遺傷のため客相手の仕事には不向きとなつたという理由で店長昇任を取り消され、同じ会社で客に直接接しない配送集金等の事務に従事している事実、啓三は、本件事故による欠勤のため毎年一回四月に行われる昇給を一年間見送られた事実、同人の本件事故発生前の収入は給料一か月二万二、一六〇円、賞与は年に給料五か月分であり、店長として勤務した場合給料は一か月二万五、一六〇円となる筈であつた事実を認めることができる。これらの事実と前段認定の諸事実を考えあわせると、小川啓三が本件事故によつて精神上蒙つた損害は金二〇〇万円と認めるのが相当である。

(二)  控訴人は、小川啓三に対する慰藉料債務の一部は弁済によつて消滅したと主張するので、この点について判断する。<証拠略>によれば、啓三は、本件事故による傷害につき控訴人の加入にかかる自動車損害賠償保険に基づき昭和四〇年八月自動車損害賠償保障法一六条の規定による保険金として治療関係費一二万円、治療期間における補償費一八万円、後遺障害補償費五三万円、計八三万円から控訴人が支出した治療費一万一、五三〇円を控除した八一万八、四七〇円を受領した事実(もつとも、同被控訴人が自動車損害賠償保険金八一万八、四七〇円を受領したことは当事者間に争いがない)が認められる。ところで、<証拠略>を総合すると、本件事故による傷害につき自動車損害賠償保険金の保険会社からの支払は、政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準一救助捜索費、二治療費、三休業補償費、四傷害による慰藉料、五後遺障害補償費のうち、二の治療費として一二万円、三の休業補償費として一八万円、後遺障害補償費として五三万円が支払われたものであり、休業補償費は、治療実費および休業期間における休業損実額、後遺障害補償費は後遺障害による慰藉料と得べかりし利益の喪失とをてん補するためになされる定めとなつていることが認められ、右の事実に当裁判所に顕著な、傷害による慰藉料の算定が同障害による治療費および休業損実額の算定に比較し、後遺障害による慰藉料の算定が同障害による逸失利益額の算定に比較してそれぞれ立証が困難であるにかかわらず、自動車事故による責任保険金が治療実費、休業損実額および後遺障害補償費を含め迅速に支払うべき必要がある事実を総合すれば、治療費及び休業補償費計三〇万円は、特別の事情がないかぎり全額、治療実費および休業期間における逸失利益のてんぽにあてるものとして、また、後遺障害補償費五三万円は、被控訴人が査定基準四の慰藉料請求をしていないことと、当審における被控訴人雅楽之助の供述によつて認められる慰藉料は裁判で決めてもらう所存であつたこととに照らし、本件では先ず後遺障害による逸失利益のてんぽにあて、もし残額があるときはその限度において後遺障害による慰藉料の支払にあてるものとして保険会社により査定、支払手続を経て充当されたものと認めるのが相当である。控訴人は、休業補償費として支払われた一八万円のうちには、一〇万五、〇〇〇円ないし六万五、九四〇円の慰藉料が含まれており、また後遺障害補償費として支払われた五三万円は全額慰藉料であると主張する。そこで、(イ)先ず、休業補償費について考える。<証拠略>によれば、被控訴人啓三は、昭和四〇年一月当時一か月二万二、一六〇円の給料を支給されていたが、店長として勤務できた場合、給料は一か月二万五、一六〇円となつた筈であり、賞与は年五か月分を受けていたことが認められるから、これを年間収入として合算すれば、四二万七、七二〇円となり、治療期間一五八日分では、一八万円を超過すること計算上明白である。したがつて、前記乙第五号証は、右金額の範囲内で、便宜治療期間を一五〇日、一日の収入を一、二〇〇円として算出したものと推認されるから、右補償費中に慰藉料が含まれていないことは明らかである。

(ロ) つぎに、後遺障害補償費について検討する。<証拠略>によれば、(a)啓三が本件事故により千葉ブロック店長昇任を取り消されたため、店長昇任による一か月三、〇〇〇円の昇給額三四か月分(昭和四〇年二月から本件口頭弁論終結前の昭和四二年一一月まで)一〇万二、〇〇〇円および例年五か月分づつ給与されていた賞与の右昇給により増額すべき三万六、二五〇円(賞与を支給される時期が明らかでないため昭和四二年六月末日迄の分として計算)を失つたことが認められる。そして(b)本件口頭弁論終結当時啓三は二四才であり、昭和四一年五月厚生省統計調査部発表の第一一回生命表によれば、同人の平均余命は四五、四八年であるから五五才で退職するとしても、なお、三一年間は勤続できることを考えると、同人は毎年店長昇任により得べかりし一か月三、〇〇〇円の昇給分一二か月分三万六、〇〇〇円、およびこれに伴つて得べかりし賞与増額分一万五、〇〇〇円、計五万一、〇〇〇円を三一年間引き続き喪失するものと推認され、その合計額から、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して算出した金額は、六二万円を超過すること明らかである。したがつて本件事故により啓三の逸失した財産的利益は、義眼の入れ替に要する費用を考慮するまでもなく、優に後遺障害補償費として支払われた五三万円を超えることは計数上明白である。

控訴人は、啓三が東京都食品健康保険組合から受領した傷病手当一万三、九二〇円が休業による財産上の損害賠償の性質を有すると主張するが、右傷病手当はいわゆる社会保険に属する健康保険法に基づく保険金であつて、保険契約者(被保険者)が保険料を支払い、一定の事由(保険事故)の発生を原因として支給される保険料の対価にほかならず、不法行為による損害てん補の性質を有するものではないと解すべきであるから、右主張は採用できない。

そうとすれば、後遺障害補償費五三万円は、全額後遺傷害による逸失利益のてん補に充てられたものというべく、これに慰藉料が含まれていたという控訴人の主張は採用の限りでない。

四次に、被控訴人小川雅楽之助、同小川良子の慰藉料請求について判断する。両名が啓三の両親であることは控訴人において明らかに争わないところであるが、第三者の不法行為によつて身体を害された者の父母は、そのために被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けたときにかぎり自己の権利として慰藉料を請求できるものと解するのが相当である(最高裁昭和四〇年(オ)第一三〇八号同四二年六月一三日第三小法廷判決民集二一巻六号一四四七頁参照)。ところで、啓三が昭和一八年一〇月一五日生れの男子で、本件事故発生当時二一才であつたこと、同人が右事故のため左眼を失明したことは明らかであるが、顔面の負傷については、前記甲第三号証の一ないし三の写真が証拠として提出されただけで、啓三本人の尋問は、原審においても、当審においてもなされておらず(当審ではその申出すらない)、傷痕のその後の状況あるいは整形手術等による治療ないしその可能性の有無および程度につき原審ならびに当審を通じて特段の主張立証がなされていない。啓三が左眼を失明したことと、現在の状況は明らかでないとは云え顔面に傷痕を残したこととあいまち、かつ前記諸般の状況を考慮すれば被控訴人雅楽之助、同良子が精神的苦痛を味つていることは推察に難くはないが、さきに説示した被害者の父母が自己の権利として慰藉料を請求できる程の苦痛を受けたものと認めるには、いまだ足らないといわざるをえない。よつて、その他の点について判断するまでもなく同被控訴人らの本訴請求は理由がない。

五さらに、被控訴人ら三名は、本件事故による損害賠償を請求するため、弁護士長井清水に委任し、同弁護士が被控訴人ら三名の訴訟代理人として昭和四〇年一一月九日東京地方裁判所に本件訴訟を提起し、以来本件訴訟を追行して来たこと、および第一審における被控訴人小川啓三の主請求金額は当初三〇〇万円(慰藉料)であつたが、その後三六五万円(慰藉料三〇〇万円、本件訴訟委任による弁護士に対する手数料および報酬金六五万円)に拡張され、第一、二審における被控訴人小川雅楽之助、同小川良子の主請求金額はいずれも五〇万円であり、第一審における被控訴人らの主請求金額のうち被控訴人小川啓三の請求金額のみが当審において三七六万円(慰藉料三〇〇万円、本件訴訟委任による弁護士に対する手数料及び報酬金七六万円)に拡張されたことは、記録上明らかであり、<証拠略>総合すれば、雅楽之助は、本件事故発生後控訴会社千葉出張所に同出張所長を訪れ、本件事故による損害賠償請求について交渉しようとしたが、控訴会社においては一切を弁護士村井右馬之丞に依頼してあるからと云つて取りあわず、昭和四〇年九月下旬同弁護士から控訴会社としては、被控訴人らの請求に応じられない旨の回答に接したので、被控訴人らはやむを得ず、長井弁護士に本件訴訟を委任するにいたつた事実を認めることができる。

右の事実と上来認定の事実に本件訴訟の経過を考えあわせると、本件訴訟は、素人である被控訴人らにおいて自ら追行することは、必ずしも容易でなく、弁護士に委任してこれを追行しなければ、その目的を達することはきわめて困難であつたものということができる。したがつて、被控訴人ら三名が本件訴訟を前記弁護士に委任した結果、啓三において負担するにいたつた後記認定の手数料および謝金支払の債務のうち、啓三の慰藉料請求の目的を達するために、必要な部分は、本件事故に起因する通常の損害として、これと相当因果関係の範囲内にあるものというべきであるから、控訴人は右手数料及び謝金の相当額を賠償すべき義務があるといわなければならない。ところで、<証拠略>ならびに前記訴訟の経過に徴すれば、被控訴人啓三は昭和四〇年二月二五日被控訴人雅楽之助を連帯保証人として、控訴人に対する本件事故による損害賠償請求訴訟を、第一審の手数料二五万円、第一審勝訴の場合報酬金四〇万円を支払うべき約定で長井弁護士に委任したが、その後被控訴人雅楽之助同良子も同弁護士に本件訴訟を委任し、被控訴人らは、小川啓三名義で同弁護士に対し昭和四〇年二月二五日第一審の手数料として二五万円、昭和四二年二月六日第二審における費用として一一万円を支払つた事実を認めることができる。また、長井清水が東京弁護士会所属の弁護士であることは顕著な事実であり、<証拠略>および当裁判所に顕著な日本弁護士連合会交通事故処理連絡委員会交通事故事件に関する報酬等基準および本件訴訟の経過に照らせば、被控訴人啓三が自己の慰藉料請求の目的を達するために、弁護士長井清水に対し、訴訟委任に基づく手数料および謝金として支払うべき額は、金三五万円をもつて相当と認める。したがつて、控訴人は被控訴人啓三に対し右金額を賠償すべき義務を負うにいたつたといわなければならない。弁護士費用中その余の請求については、本件訴訟によつて生じた特別の事情を控訴人において予見しまたは予見し得たことの証明がないから控訴人において賠償すべきかぎりではない。

六よつて、進んで控訴人の過失相殺の主張について検討する。先ず、控訴人は、被控訴人啓三の乗つていた自動車の運転者北田正雄に本件事故につき前方不注視の過失があり、その原因を作つたことについて同被控訴人にも過失があつたと主張する。しかし、(証拠略)によれば、同人は本件事故発生前椿森町方面から松波町方面に向う道路を普通乗用自動車助手席に啓三を乗せ、時速約四〇粁で運行しつつ弁天町附近にさしかかつたとき、右道路を反対方向から近付いてくる本件自動車が自車の進路に寄つてくるのを発見したので制動をかけながら左に避け、道路中央約四八米巾の舗装部分から約六〇糎左方に自軍をはみ出させて進行中、本件自動車を運行して現場に近づいてきた富は、折柄同乗させていた兄夫婦の争いに注意を奪われて前認定のとおり本件自動車の操縦をあやまつたため、これを道路中央から右斜めに逸走させ、既に本件自動車を避けるためほとんど停止しようとしていた北田運転の自動車右前部に本件自動車を衝突させるにいたつたことが認められる。(証拠判断略)してみれば、北田にはなんら前方不注視の過失はなく、本件事故は、もつぱら富の過失によつて惹起されたものであるから、被控訴人啓三に控訴人主張の過失を認めることはできない。次に、控訴人は、啓三が事業用自動車でない北田運転の車に乗つたことが過失に相当すると主張する。しかし、啓三の乗つた北田運転の車が事業用自動車でなかつたとしても、そのことだけで啓三に過失があるということはできない。

七してみれば、控訴人は、本件事故による損害賠償として被控訴人小川啓三に対し上記三項および五項で認定した損害の合計金二三五万円およびこれに対する内金二〇〇万円については、本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四〇年一一月二一日以降、内金三五万円については、請求の趣旨拡張申立書を原審における控訴人の代理人が受領した日の翌日であること記録上明らかな昭和四一年一一月二九日以降各支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。以上のとおりであつて、被控訴人啓三の控訴人に対する本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容すべく、被控訴人のその余の請求および被控訴人雅楽之助、同良子の控訴人に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

すなわち、原判決中被控訴人啓三の請求を認容した部分の一部、被控訴人雅楽之助、同良子の請求を一部認容した部分はいずれも失当であつて、同人らに対する控訴は理由があるから、これを取り消すべく、なお附帯控訴中附帯控訴人啓三の請求が一部理由があることは前示のとおりである。よつて、訴訟費用の負担につき同法八九条、九二条、九三条、九六条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。(三淵乾太郎 三和田大士 園部秀信)

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